東京ペンシルラボ ~北星鉛筆Presents~

東京ペンシルラボ ~北星鉛筆Presents~

北星鉛筆では、鉛筆誕生の秘密などを詳しく知っていただくために、鉛筆資料館「東京ペンシルラボ(TOKYO PENCIL LAB.)」を設置し、皆さんをお迎えしています。とっても身近な「鉛筆」について、もっと詳しくなりましょう!

東京ペンシルラボ(TOKYO PENCIL LAB.)

東京ペンシルラボでは、鉛筆の歴史や製造方法などを知ることができる、
豊富な資料に加え、工場見学などをすることができます。
鉛筆を作る工程で生まれる「おがくず」をリサイクルした木のねんど「もくねんさん」、
同じく木彩画絵の具「ウッドペイント」によるワークショップなども開催しています。

エントランス

ペンシル型の入り口が目印!

ペンシル型の入り口が目印

記念撮影スポット

えんぴつくんに大変身!?

だれでもえんぴつに変身!?

えんぴつ学習体験館

鉛筆の製造工程をビデオで見たり、鉛筆を製造する工程で発生する「おがくず」をリサイクルして作った、木のねんど「もくねんさん」や、木彩画絵の具「ウッドペイント」を使ったワークショップを開催!乾くと木になるねんどや絵の具で作品を作ることができます。

えんぴつ学習体験館

もくねんさん美術館

当社が開発した、鉛筆作りの際に発生する「おがくず」をリサイクルした木のねんど「もくねんさん」で作った作品を展示。自然な木のぬくもりを感じられる作品をご覧ください。

もくねんさん美術館

えんぴつ資料館

鉛筆の歴史や製造工程のほか、鉛筆の秘密などを知ることができる資料を豊富に展示。「昔の鉛筆ってこんなのだったの!?」と、実際に見ていただける古~い鉛筆の展示もあります。“鉛筆のすべて”がわかります。

えんぴつ資料館

鉛筆神社

短くなった鉛筆を供養する北星鉛筆の守り神です。

鉛筆神社

東京ペンシルラボの価格表 Price

工場見学価格表

  個人 団体
大人(18才以上) 400円 300円
子ども(3才以上) 300円 200円

※10名様以上で団体割引

工場見学時間

開催時間 詳細
10:00~ 【見学時間】 約1時間
【見学日】 平日のみ
(土曜・日曜・祝日と、年末年始の前後2週間、お盆期間中は休館となります。)
【人数】   各時間帯30人までの対応となります。
※予約制となっておりますので、事前にご連絡頂けますようお願い致します。
TEL:03-3693-0777
13:00~
15:00~

※10名様以上で団体割引

「もくねんさん」体験価格

体験費:1人 300円

※工場見学が終わったあとに行います。
※所要時間は約30分程になります。

駐車場

車でお越しの場合、駐車場の設備がない為、近くのコインパーキングをご利用下さい。

工場見学のお申し込み

お申し込みは、電話・FAX・メールで承っております。

※メールでお申し込みの際は、お名前、見学希望日、人数(大人・子ども)をお知らせ下さい。

東京ペンシルラボで「想う」 THINK

使用済み鉛筆と新しいオリジナル鉛筆を交換!

東京ペンシルラボで「想う」 THINK

北星鉛筆では物の大切さや、物に対する感謝の気持ちをはぐくむ行動の一環として、「鉛筆の供養」を始めました。
工場見学の際に、大切に使い短くなった鉛筆(5cm以下)5本をお持ちいただきますと、弊社オリジナル鉛筆1本と交換いたします。

短くなった鉛筆は、使い終わった鉛筆に感謝の気持ちを込め、 「東京ペンシルラボ」内にある鉛筆地蔵にお入れください。 弊社が責任をもって供養いたします。

鉛筆の代理供養を実施

北星鉛筆では、鉛筆の代理供養を行っております。鉛筆の供養をご希望の方は、使い終えた鉛筆を下記の住所まで
お送りください。弊社が責任をもって、鉛筆神社にて供養いたします。
※オリジナル鉛筆との交換は、工場見学の特典となっておりますのでご了承ください。

送付先 〒124-0011
東京都葛飾区四つ木 1-23-11
北星鉛筆株式会社
TEL:03-3693-0777

鉛筆神社での鉛筆供養

渋江白髭神社での鉛筆供養

北星鉛筆でお預かりした使いきった鉛筆は、弊社の近くにある鉛筆神社にて、今までの感謝の気持ちを込めて供養します。ものを最後まで大切にするという気持ちを、お子さんにお伝えいただく機会となれば幸いです。

見学についてのお問い合わせ

北星鉛筆の工場見学(えんぴつが出来るまで)

芯を作る

STEP 1芯を作る

芯を作る

【1】鉛筆の芯は、黒鉛の粉とねんどに水を加えてよく混ぜて作ります。黒鉛の割合が多いと濃い芯に、粘土が多いと堅い芯になります。

芯を作る

【2】次に、材料を水でっぽうと同じしくみで押し出し、細い芯の形にして長さを切りそろえます。

芯を作る

【3】芯をコロコロ回しながら乾かした後、約一昼夜かけて1000℃程度の高い温度で焼きます。

芯を作る

【4】固くなった芯に油を染み込ませ芯が完成。油を入れることで、なめらかに書けて折れにくくなります。

※北星鉛筆では芯の製作を協力会社に委託しております。

板と芯を合わせる(鉛筆の形にする)

STEP 2板と芯を合わせる(鉛筆の形にする)

板と芯を合わせる(鉛筆の形にする)

には、アメリカの森で育ったスギやヒノキの仲間の木を使います。樹齢(木の年齢)70~80年程度の高さ30mほどの大きな木です。現地で製材され、鉛筆材料用に加工されたものを輸入します。

「スラット」と呼ばれる加工された軸用の板のサイズは、よく使われるもので縦185mm、横75mm、厚さ5mm。これを2枚使って、普通サイズの鉛筆が9本できます。

1本の鉛筆ができるまで

1本の鉛筆ができるまで

1本の鉛筆ができるまで

1】スラットを削り、芯が ぴったり入る半円の溝を作り ます。

1本の鉛筆ができるまで

【2】スラットにのり(接着剤) を付け、溝に芯を乗せます。

1本の鉛筆ができるまで

【3】溝を彫ったもう1枚の スラットを重ね、重しを乗せ てぴったり貼り合わせます。

1本の鉛筆ができるまで

【4】片面ずつ鉛筆の形に削って いきます。カッターを変えること で、六角・丸・三角・四角・ハー ト形などの軸になります。

1本の鉛筆ができるまで

【5】両面を削り終わると、 同時に9本の鉛筆ができあ がります。

塗装する(色を塗る)

STEP 3塗装する(色を塗る)

塗装する(色を塗る)

鉛筆を、穴のあいたゴムの中にくぐらせて塗料を塗ります。 通常、1本につき6~7回塗り重ねます。

そのほかの作業

STEP 4そのほかの作業

そのほかの作業

B・HBなど、芯の濃さを捺印 (ハンコをおすように印刷する こと)します。キャラクターや 模様、写真などの印刷も可能で す。

そのほかの作業

鉛筆のタイプによっては、消 しゴムを取り付けます。

そのほかの作業

色鉛筆の場合には、先を削り ます。

仕上げ

STEP 5仕上げ

端を切り決まった長さにそろえます。

包装する

STEP 6包装する

箱・缶・袋などに入れて、完成です。完成した鉛筆は、工場 から文具店に向かいます。

包装する

鉛筆の歴史 THE HISTORY OF PENCIL

鉛筆の誕生
鉛筆の誕生

今から450年ほど前、イギリスのボローデル山で、鉛筆の芯になる黒鉛が見つかりました。 黒鉛の塊で紙にものが書けることがわかり、木に挟んだり、紙で巻いたりして、近隣の国々では ペンのように使うようになったのです。

その後、山から黒鉛を掘り続けていましたが、200年くらい経つと黒鉛はなくなってしまいました。 そこで、フランス人のニコラス・コンテさんとドイツ人のカスパー・ファーバーさんが研究を重ね、 山に残った黒鉛のかけらを集めて細かい粉状にし、粘土と混ぜて固め、高い温度で焼くことで芯を 作ることに成功したのです。

約250年のほど前に発見されたこの方法は、今でもほとんど同じやり方のまま、世界の鉛筆メーカー で受け継がれています。

消しゴムつき鉛筆の誕生
鉛筆の長さ

日本での鉛筆の長さは、17.2cm以上と決まっています。1840年頃、これに近い長さ、17.78cm(7インチ)に 決めたのがドイツ人のルター・ファーバーさんだといわれています。これは、大人の手のひらのつけ根から中指 の先までの長さだとされています。

芯の濃さ

芯の濃さを表す「B」「HB」などの言葉を最初に考えたのは、黒鉛の粉で芯を作ったコンテ さんです。「B」はブラック、「H」はハードという意味であり、その間の「F」は、「引き締 まった」という意味からきています。

すでに250年ほど前には、17種類の濃さが決められていたのです。

消しゴムつき鉛筆の誕生
消しゴムつき鉛筆の誕生

今から150年ほど前、1850年頃に、アメリカ人のリップ マンさんが、鉛筆の頭に小さい消しゴムを付けたものを、 初めて作りました。1本で「書いて」「消せる」ことで、今も人気がある 鉛筆です。

日本での鉛筆の歴史〈国内での広まり〉

日本での鉛筆の歴史〈初めての輸入〉

鉛筆が、いつ日本にやって来たかははっきりしていませんが、徳川家康(1542~1616年)が鉛筆を持っていたことは わかっています。家康は外国の品物を輸入していたため、その中に鉛筆もあったのでしょう。 その鉛筆は、静岡県の久能山東照宮に残されています。

また伊達正宗(1567~1636年)が使った鉛筆も残されています。

日本での鉛筆の歴史〈国内での広まり〉

1853年、日本が鎖国の方針をとっている中、アメリカからペリー長官が来国し、開国(他国とも交流する こと)をすすめました。これをきっかけに、日本にもアメリカ、イギリス、ドイツなどの国々から、さまざ まな品物や文化が入ってくるようになり、鉛筆も輸入されるようになって広まっていったのです。

日本での製造開始

日本での製造開始

明治時代に入り、新しい国づくりが始まると、子どもたちにも平等に教育が受けられるようなしくみが 取り入れられました。しかし日本で使われていた筆では筆算などがしにくく、重い石盤という板に石筆 で書く方法が用いられました。

その後オーストリアやドイツに鉛筆の作り方を学ぶ伝習生が送られ、1873年に帰国。わが国では小池 卯八郎さんが、最初に鉛筆を作ったとされています。

その後、眞崎仁六さんが、1878年にフランス・パリでの博覧会に出品されていた鉛筆を見て研究を重ね、 1887年、東京に水車を動力とした鉛筆工場を建設。こうして日本の子どもも、鉛筆を使えるように なっていったのです。

鉛筆が活躍する場所とは?

鉛筆は、勉強以外にもさまざまな場所で活躍しています。たとえば、建築士 は設計に、作曲家は楽譜を書くときに、またマンガ家も鉛筆を使っています。

図書館や選挙の場所に用意されているのも鉛筆です。シャープペン、ボール ペンなどが広まっている今でも、鉛筆は変わらず活躍しているのです。

なぜ小学校では『鉛筆』を使うか知っていますか?

ボールペンやシャープペンシルはノック機能で書けるようになる『仕掛け』が施されていますが、鉛筆はシンプルな構造でそういった仕掛けもなく、書くことしかできません。 しかし逆にそういった仕掛けやインク詰まりなどもないため、必ず字が書けるので、より書くことに集中することが出来ます。このことから広く学校で使用が薦められています。 しかも芯も太く折れにくいため、筆圧を掛けても折れにくく、「とめ」「はね」「はらい」がしやすい特長もあります。

鉛筆はマラソンランナーと同じ?

1本の鉛筆で、どれくらいの文字や絵が書けるか知っていますか? 計算してみると約50kmも書けるのです。マラソンランナーが走るフルマラソンの距離は、約42.195km。なんと、それよりも長いのです! ほかの筆記具に比べても、鉛筆がどれだけ長持ちするかは一目瞭然。鉛筆は、すごくがんばり屋さんなんです。

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